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ジェリコ・ヒシャム宮殿遺跡大浴場保護シェルター建設及び展示計画

背景

パレスチナ自治区、ヨルダン川西岸のジェリコ(エリコ)は、世界最古の城壁を持つ都市があったとされ、旧約聖書や新約聖書にもたびたび登場する歴史ある街である。また、死海に連なるヨルダン渓谷の底、海抜マイナス250m程に位置する世界で最も低い街でもあり、地理学的な特異性も際立っている。

本プロジェクトの対象であるヒシャム宮殿遺跡は、ウマイヤ朝時代(8世紀)の初期イスラム建築の代表的な文化遺産で、内外から多くの来訪者が訪れる観光名所の一つである。ヒシャム宮殿遺跡の大浴場跡には単体では中東最大(約825㎡)と言われる大浴場のモザイク床があるが、公開されていたのは「生命の樹(Tree of Life)」と呼ばれるモザイクがある大浴場北東の迎賓室(Diwan)のみに限られ、大部分のモザイク床は保護のためフェルト布と砂で覆われ、一般に鑑賞できない状態であった。

パレスチナ自治区には貴重な文化遺産が多数存在するが、これらの文化遺産を保護し、観光資源として活用するためには資金や人材が十分ではなく、潜在的な価値を活かすに至っていない。ヒシャム宮殿遺跡においても、近年観光客が増加するにつれ、来訪者がモザイク床を見るために許可なく砂を掘り起こすといった事例も報告されるなど、文化遺産の劣化や毀損を防ぎつつ、鑑賞が可能となる施設の整備が急務であった。

このような状況を受けて、パレスチナ自治政府の観光遺跡庁は日本に対し、ジェリコ・ヒシャム宮殿遺跡の大浴場跡のモザイク床を含む遺構を覆うシェルターの建設を計画し、無償資金協力による実施を要請した。このプロジェクトは価値ある文化遺産を保護し、地域住民の文化的な誇りの醸成に貢献すると共に、より多くの来訪者を惹きつける展示施設を整備してヒシャム宮殿遺跡の観光資源としての価値を高め、地域経済の活性を通じて民生の安定を目指すものである。

プロジェクトの内容

本プロジェクトの対象であるヒシャム宮殿遺跡の大浴場跡の遺構には、過去にも様々な経緯により実現に至らなかったいくつかのシェルター建設計画(イタリア、USAID、UNESCO等が関与)があった。本プロジェクトでは、それらの反省を踏まえて、先方政府の実施機関と綿密な対話をもとに設計を進めた。調査の段階では、現地の考古学、遺跡保存、建築学分野の専門家や大学教授、実務家、NGO、地元関係者、およびUNESCOなどから構成される有識者会議(アドバイザリ・コミッティ・ミーティング)を4回開催し、広く意見を求めて合意形成を行い、基本設計の案を取りまとめた。

様々な検討の末、四隅に基礎を持つカットオフドームの構造を持つシェルターと、遺構の壁上を巡る鑑賞用通路が計画された。また、1970年代に復元された16本の柱については、歴史的な価値としては重要ではないものの、建造から既に半世紀程の時を経て、遺跡を印象づける造形として人々の記憶に定着していることから、そのまま温存し、地震時の転倒倒壊を防止するために補強することとなった。

シェルターは、フリーメンテナンス・持続性の観点から空調設備を要しない半開放型の構成とし、遺跡保存と鑑賞環境を両立させるため、モザイク床を有害な直射日光から遮りつつ、柔らかい光を取り入れるよう、ライトシェルフ(水平ルーバー状の光棚)や遮光層を持つスカイライト(天窓)などの装置を、光環境のシミュレーションを行って形態を検証しつつ設計した。

鑑賞用通路は、遺跡に対して大きな介入をしないことを基本に、小さな置き基礎を並べて順路を構成した。また、有識者会議でも盛んに議論された順路を実現するために、通路のスパン(支点間距離)が大きな部分や、大きく片持ちで張り出した部分は、手摺自体を細い鋼材のトラス構造とすることで、鑑賞の邪魔にならない軽い構造を実現した。

既存の遺跡の上に建設を行うという特殊な条件で、調査、合意形成、遺跡を保護し、価値を毀損しない設計・施工計画の策定を行うなど、課題の多いプロジェクトであったが、実施機関であるパレスチナ観光遺跡庁の熱心で真摯な協力の下、遺跡を柔らかく包み込む空間が実現された。

ファクトシート

もう少し詳しい説明を含めてPDFにまとめました。下記ご参照ください。

ヒシャム宮殿遺跡大浴場保護シェルター建設及び展示計画

竣工アルバム

竣工アルバムのPDFを公開いたします。

ヒシャム宮殿遺跡大浴場保護シェルター建設及び展示計画竣工アルバム:The Shelter for Mosaic

  • 計画地    パレスチナ
  • 構造     鉄骨、単層ラチスドーム 設計: 梅沢建築構造研究所
  • 敷地面積   35976.7
  • 建築面積   2483.5
  • 延床面積   2483.5
  • 施工     (株)佐藤企業
  • 竣工年    2021年
  • 業務内容   基本設計、実施設計、工事監理、ソフトコンポーネント(遺跡保存管理)